BONUS

映像のダンスを制作する
連結クリエイション
高田冬彦×木村覚 (1) メール書簡
2015/3/6 - 3/28
Date2015年3月6日
From木村覚
To高田冬彦

木村覚です。今回は、「連結クリエイション」にご参加くださり、ありがとうございます。
約半年、よろしくお願いします。
高田さんのことは、ダンス界隈のひとたちにはあまりなじみがないかもしれません。このメール書簡では、まずは高田くんがどんな活動をしてきたのかを振り返り、その上で、その活動と重ねつつ、どうしてぼくが高田さんに今回制作を依頼したのか、高田くんの作品世界とニジンスキー『牧神の午後』とはどう関連しうるのかを浮き彫りにしていけたらと思います。
先に高田さんの作家性を、ぼくなりに簡潔にまとめてみるとこうなります。

高田冬彦とは「見る/見られる」の作家であり、「セクシュアリティ」の作家であり、「一人遊び(オナニズム)」の作家である。

ぼくはかれこれ7、8年前から高田くんの作品を見てきています。最初に会ったのはまだ高田さんが大学生の時でしたよね。はじめて見たのが『強い子』でした。


高田冬彦『強い子 2008』

浜崎あゆみの曲をバックに、小学生のコスプレをした高田くんが尻を出すと、その尻めがけて観客が泥だんごを投げつける。途中から自分の尻を叩いて、まるで観客を挑発するようなしぐさまでして、観客と「小学生」の関係は、加虐と被虐、痛みと快楽の間を大きく揺さぶって展開していきます。爆笑というか失笑というか、突き抜けたふざけた振る舞いに、笑いながら驚いた記憶があります。ところで、この作品には、多数の参照項を見出すことができますよね。当時から高田さんと親交があった会田誠からの影響は間違いなくあると思いますし、あとはもちろん浜崎あゆみをフィーチャーしていること、それとこれも明白ですが、オノ・ヨーコの『カット・ピース』との関連も見逃せません。そう見ると、多様な要素がミックスされた多面体(プリズム)として高田くんの作品を捉えることが出来ます。


オノ・ヨーコ『カット・ピース』

興味深いのは、オノ・ヨーコの作品は「見る/見られる」を「見る男性/見られる女性」に限定して、フェミニズムのアートと限定する必要はないけれど、女性の客体性(そしてそこからあらわれる被虐性)が強調されているのに対して、高田さんは男性の身体をもった自分自身を見られる存在、被虐の存在として作品の中に置きます。そうすることで、見る=男性、見られる=女性という関係が逆転してしまいます。こういう逆転はいたるところで置きていて、高田さん扮する小学生は、かわいそうないじめられっこのようでいて、自ら尻を出し、観客のサディズムを誘発するマゾヒストみたいなところがあります。他には、浜崎あゆみにシンパシーを感じているのは比較的に女性なのではないかと思いますが、女性がナルシスティックに同化していく振る舞いを男性の高田さんが演じているという点も逆転しています。そうして、作品の多面性は、通念を意識させつつ観客を混乱させるものになっています。

さて、高田さんのもう一つの要素「一人遊び(オナニズム)」がはっきりと姿をあらわしたのが、次のブリトニー・スピアーズをモチーフにした作品でした。


高田冬彦『Britney Spears-Circus』

YouTubeに動画を投稿する(いまでいう「ユーチューバー」な)身振りもさることながら、狭いワンルームの部屋で、熱い成り切りプレイが展開される様子は、まさに「一人遊び」ですよね。最近は、セルフィー(自撮り)が大流行ですが、そういうセルフィー的センスを批評的に映像作品の中に取り込んでいて、2009年にはじめて見た時に驚きました。ところで、この映像、55万アクセスあるんですね。いかに高田さんの映像が、YouTube的なセンスと親和的かが分かる数字です。

この映像でも、先に話した「見る/見られる」のジェンダー的な逆転、というか錯乱がみられます。アメリカ合衆国で、一時期圧倒的な人気を誇っていたアイドル、ブリトニー。そのブリトニーに憧れる女性をさらに男性である高田さんがシミュレーションしているといった、累乗的で錯綜した状況が、セルフィー的な映像の仕組み(露出欲求と攻撃誘発性)によって一層混乱をきたしているわけです。

まだ最初期の作品をざっくりと紹介しただけに過ぎませんが、すでにぼくがまとめた高田冬彦的な要素の基本的なところはおおよそ説明できたと思います。ぼくなりにこうまとめてみましたが、高田さんは自分の作品についてどう考えているのですか? また、『牧神の午後』というテーマを渡されてどんなことを最初に感じたのでしょうか?

木村覚


Date2015年3月28日
From高田冬彦
To木村覚

木村覚さま

今回「連結クリエイション」に参加する美術作家の高田冬彦です。この企画に呼んで頂きありがとうございます。いろいろ未熟なところあると思いますが、どうぞ宜しくお願いします。

自作についてですが、木村さんが「多面体」と呼んでくださったように、僕の作品は色々な(時に矛盾する)アイデアがごちゃごちゃまざっているものなので、一体どこから説明すれば良いか……

紹介して頂いた2つの作品は、今につながるいくつかのアイデアが初めて登場した作品で、僕にとっても大切なものです。僕は初めはパフォーマンス作品を主に作っていて、その記録として映像を撮っていたのですが、このころから、より映像作品としての性格が強まっていきました。今回この企画は「ダンスと映像」がテーマですし、そのあたりの変化からとりあえず書いてみますね。

僕は基本的に自己顕示欲の強い人間で、注目されるのが大好きですが、いざ、衆人環視のなかでパフォーマンスをしろと言われると、どうにも苦手で。人目にさらされると、変に卑屈になってお客さんに対してニヤニヤ愛想笑いをしてしまい、作品の設定に集中できないのです。注目はされたいけど、こっちは見ないで、という葛藤です。(だから、『強い子』では僕は後ろを向いて、客に顔を合わせないようにしています。代わりにお尻を。)

そこで、自宅で引きこもって夜な夜な撮影する方法を思いつき、「ブリトニー」を作ってみました。これだと誰にも構わず理想的なイメージになるまで一人で何度でもしつこく撮り直しができますし、僕の粘着性の性格にあっていた。評判も良かった。そして今に至る…… という感じです。だから「一人遊び」と映像への移行は不可分です。当たり前かもしれませんが。

(ところで、関連作品として挙げてくださったオノヨーコのカットピースを見ていて思ったのですが、彼女はパフォーマンス中何やらニュートラルに宙を見ていてお客さんと目を合わせませんよね。これはある意味で作品が本当のいじめになるのを阻止しているのではと思います。視線を合わせないことで、飽くまでフィクションでわざとやってますという雰囲気を出す。僕はそういう芸当が出来ず、お客さんとすぐ視線を合わせてしまい、設定としての作品が崩れてしまうのです。(にらめっこではすぐ負けるタイプです。)そういう意味では、僕が映像に向かった理由は、リアルな予測不可能さから逃げ、もう少し作品を自分のコントロール下に置きたかった、ということかもしれません。)

僕の作品には、のめりこむべき妄想の設定がある、というのも特徴だとおもいます。そしてそれを観客と半ば強制的に対峙させるということです。対峙というより妄想に取り込んでしまうというか……。ヴィト・アコンチの「苗床」のように、パフォーマーと観客の間に切断と関係を両方作る、ということです。そういう意味で映像作品への移行は“切断”なのですが、その上でいかに映像を見るお客さんとの間に「苗床」のような強引な?状況をフィクショナルに作れるか、をその後制作した作品であの手この手で試しているつもりです。

そして、とりつかれるべき“妄想”の内容について言えば、この2作では、あゆやブリトニーやそれに憧れる人たち、を扱っています。木村さんの指摘された通り、そのころ「歌ってみた」的なファンの自撮り動画が投稿サイトにあがるようになり、それを見て自分も誰かへの強力な憧れから作品を作りたいと思いました。そして僕が思春期のころ絶大な影響力があった浜崎あゆみを取り上げた。この作品をみてシミュレーションアート的なアイロニーと捉える人もいるようですが、僕が試みたかったのは、少し違う方法、憧れが強過ぎてかえってオリジナルの歌手のまとうイメージから離れていってしまうような状況です。

ジェンダー的な逆転に関しては、本人は実はあんまり意識的でないです。基本的にいつも、現代の見世物小屋たらんとして制作していますので、そもそも男性の僕が男性に、例えばエグザイルに変身していても、あまり滑稽でない、という現実的な理由があります。見られる女性になるのではなく、女性になることで滑稽になり、見られるのです。ただ、そこでAKBのような見られることに徹した女性に扮すると、今度はいかにも吉本的なお笑い、つまり男女の二項対立を前提にしているからこその笑い、に回収されそうでそれはそれで面白くない。そこで、浜崎あゆみのような、自己投影誘発型のカリスマ型歌手、になりきり、ナルシスティックな自己投影そのものを見せつつ全体としては滑稽さをアピールする、というところに落ち着いているのかなあと思います。

自作についてが長くなりすぎてしまいました。『牧神の午後』について。

木村さんはこの作品の鑑賞ポイントとして「性愛」と「横向きという拘束」の2点をあげられています。

恐らく、「性愛」というテーマから、何かしら発想することを僕は期待されてるのかと思いますが、ちょっとまだこの作品の性愛表現のオリジナリティが理解出来ずにいます。昔、ウィキペディアで「過激な自慰シーンが物議をかもし云々……」と書かれていたのを見かけ、好奇心で見てみたのがこの作品を知るきっかけだったのですが、「たったこれだけで……?」とがっかりした記憶があります。その当時はバレエで性愛を扱うこと自体が凄かったんでしょうが。

僕の作品は言ってしまえば全て自慰的といえば自慰的なので、もうすこし、「牧神の午後」ならではの性愛性なりオナニズム性、を限定して頂いたほうが、もしかしたらアイデアを出しやすいかもしれないです。

それよりも、2番目の「横歩きという拘束」のほうが、興味をひかれました。最初にこの作品を見た感想は、ずいぶんと不自然な踊りだな、というものです。僕はわざとらしいもの、好きなのでこの作品も好きですけれど、少なくともロダンの「自然への愛と畏敬に……」という賛辞には納得しかねます。元になったギリシャの壷絵は、多分その時代なりのリアリズム表現なのかなと思いますが、それを生身の体に当てはめると、無理が生じる。特にポーズからポーズへの移行するときの不自然な動き、が集まってダンスができているのかなと思いました。でもポーズの一瞬一瞬はギリシャの壷的には自然なので、(だからスチル写真は結構自然ですよね)全体として自然と不自然を行ったり来たりするようなくすぐったい印象を受けました。

この、誇張された正面性というか、視線を限定しているところは、映像と相性がいいと思いますし、視覚的な自然さと実際の体の不自由さ、というのは映像を撮影しているとよく経験します。このあたりをテーマのひとつに組み込むことも可能かもなあと漠然とですが思いました。

こんなところでよろしいでしょうか。お返事宜しくお願いします!

高田冬彦

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